頑張りすぎず 寄り添う
がん患者のためのウィッグを調える美容師 横川千歳さん 44
「いい染まり具合だね」。パーマと白髪染めに訪れた常連客の女性にほほ笑みかける。店には、近くの畑で採れた野菜のお裾分けを届ける女性や、仕事の休憩時間に雑談をしにくる男性も。「地域密着型だけえね」。にぎやかに時間が流れる。
ただ、特別な客を迎えるときは〈貸し切り〉にし、2、3時間は1対1で向き合う。抗がん剤や放射線による治療の副作用で髪が抜けるがん患者女性のために、ウィッグ(かつら)を提供するNPO法人「日本ヘアエピテーゼ協会」(東京)の認定店。利用客の好みに合わせ、ウィッグのカットや毛染めをする。
自身もがん患者だ。2009年1月、35歳で左胸に乳がんが見つかり、乳房を摘出。約3年後には右胸も失った。
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倉吉市の実家で美容室を営んでいた母の背中を見て育った。高校卒業後、「母のように手に職を」と、大阪市内の美容専門学校に進学。資格を取って大阪で働いた後、26歳で地元に戻り、母を手伝い始めた。
医師から、がんの告知を受けた日、「私は死ぬんだ」と絶望的な気持ちになった。母は泣き続け、夫は言葉を失っていた。当時、6歳と3歳だった2人の子どもの成長も見届けられないのか。不安が募った。その5日後、68歳だった母が心筋梗塞で急逝。「私の病気のせいだ」。自分を責めた。
母の店を守りたい。だけど、がんと闘いながら、どうやって――。よすがを求めてインターネットサイトを調べていると、同協会の活動が目に留まった。「私にも、役に立てることがあるかもしれない」。すぐ行動に移し、09年6月、同協会が認定する「再現美容師」の資格を取得した。
利用客との会話は、自然と病気や治療の話題になる。周囲から「かわいそうだ」という目で見られたくない。「頑張って」と励まされると、かえってつらい。同じ病を抱えているからこそ、人に打ち明けられない心の内がわかる。「病に向き合うだけで十分頑張っている。頑張りすぎず、泣けばいい」「家事を休んで旦那さんに甘えてみたら」。優しく、そっと寄り添う。
しかし、1年ほどして「心が折れた」。利用客の話に耳を傾けているうち、無意識に不安が膨らんだのだろうか。感情がコントロールできなくなった。訳もなく涙がこぼれ、気持ちはすさんだ。
救ってくれたのは、友人の一言。「全てを背負ってあげることはできない。抱え込まないで」。自分も頑張りすぎていたんだ、と気づかされた。誰かの役に立てていると思うことで、生きている手応えを得ようとしていた。「店を出た後、少し心が軽くなったと感じてくれる人が一人でもいてくれたら、それでいい」。すっと、肩の力が抜けた。
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発症から8年、症状は少し落ち着いた。投薬や注射による治療は一区切りして、数か月に1回の検査を受ける。
闘病生活がつらくないと言えば、うそになる。でも、「今は幸せ」とはっきり言える。中学生になった長男と、小学生の長女が運動会で懸命に走っている姿を見るだけで感動する。「荷物、持ってあげようか」と気遣ってくれる言葉がうれしい。がんになったことで、何げない日常、一緒に闘ってくれる家族のありがたさを教わった。
そんな気持ちも、利用客と共有したい。「死ぬのは怖いけれど、どのみち、人はみんな死ぬでしょ。ささやかなことでも笑い合えるような毎日を生きていければいいんじゃないかな」。やわらかな笑顔を見せた。(中田敦之)
<よこがわ・ちとせ> 倉吉市出身。日本ヘアエピテーゼ協会理事。県がん対策推進県民会議の委員も務め、がん患者のウィッグや補正下着購入費用を県が補助する制度の実現に尽力した。同市新町の美容室「女神」(0858・22・4098)は午前9時~午後6時半。月曜と第3日曜定休。がん患者用のウィッグの料金は、カットや1年間のアフターケア代を含め、12万円から。
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読売新聞(2017.5.21)
NPO法人 日本ヘアエピテーゼ協会 報道資料